医師が知っておくべき診療に関する法的ルール
診療行為において発生する法的問題
顧問先の医療機関から、日常の診療業務に関して、次のような法律相談を受けることがしばしばあります。
患者の診療拒否に関する疑問
診療時間外に来院したり、専門外の治療を求めてくる患者に対して、診療を断ることができるか。
診断書の交付に関する疑問
患者から特定の病名で診断書を求められたが、そのような所見はない場合でも、診断書を発行しなければならないのか。
異状死体の届出に関する疑問
検案の結果、外表に異状はないが、死体発見場所が不自然な場合、警察に異状死体の届出をする必要があるか。
医療関連法に従った対処の重要性
医師には、診療において様々な法的義務を負っています。これらの義務に違反すると、患者から賠償請求されたり、刑事罰を科せられる可能性があります。そのため、診療に関する法的ルールを正確に理解しておく必要があります。
応召義務
診療時間外に来院する患者、迷惑行為を繰り返す患者、治療費の不払いがある患者など、診療拒否を検討すべきケースもあります。
しかし、医師には、患者から治療を求められれば、「正当な事由」がない限り、断ってはいけないという応招義務(医師法19条1項)が課されています。これに違反しても罰則はありませんが、戒告などの行政処分を受けたり、損害賠償責任を負うリスクがあります。
では、診療拒否が「正当な事由」にあたるかは、どのように判断すべきでしょうか。
応招義務は、医療を受けられないことによる患者の生命・健康への不利益を避けるための規定です。したがって、正当な事由があるか否かの判断は、緊急対応の必要性(患者の病状の深刻度)と、診療拒否すべき事情(診療時間外、患者との信頼関係の破綻など)を、天秤にかけて判断します。
【診療拒否に正当事由があると認められる例】
・緊急対応が不要で、診療内容そのものと関係のないクレームを繰り返す
・緊急対応が不要で、特別な事情もないのに自己負担分の未払いが重なっている
・緊急対応が必要だが、診療時間外や医師の勤務時間外である(ただし、応急措置が望ましいとされます)
いずれのケースも、後にトラブルになった際に証拠を提示できるように、書面や録音などで証拠化しておくとよいでしょう。
診断書に関する義務
患者から不自然な内容の診断書の作成を求められた場合、どうすべきでしょうか。
医師には診断書交付義務(医師法19条2項)があるので、診察をした医師は、患者から診断書の交付を請求された場合、正当な理由がない限り、診断書の交付を拒めないとされています。もっとも、診断内容は医師の判断に委ねられます。患者の求めが医学的に根拠のないものであれば、診断書の作成を拒否しても、正当な理由があるので問題ありません。
【診断書交付を拒否できる「正当な理由」の例】
・恐喝や詐欺など不正目的で使用される疑いが高い場合
・患者以外の者から請求され、診断書を発行すると医師の守秘義務に違反する場合
・患者や第三者に病名を知られると、診療上重大な支障が生じる恐れがある場合
万一、公務員の医師が、意図的に虚偽の内容の診断書を作成すれば、虚偽公文書作成罪(刑法156条)に問われます。また、公務員でなくても、市区町村役場や裁判所、警察などの公務所に提出予定の診断書(死亡診断書、検案書等)に虚偽を記載すれば虚偽診断書等作成罪(刑法160条)に問われるので注意してください。
異状死体の届出
医師には、死体を検案して異状があると認めたとき、24時間以内に所轄警察署に届ける義務があり(医師法21条)、これを怠ると50万円以下の罰金が科せられます。これは、警察による犯罪の発見や証拠保全を容易にする目的があります。
では「死体を検案して異状があると認めたとき」とは、どのような場合でしょうか。
これは、医師が、死体を検案(死因等を判定するための死体の外表の検査)した際に、死体の外表に異状があると判断した場合を指します。検案したのが自己の診療していた患者でない場合や、医療ミスが疑われるような診療に関連した死亡の場合であっても、医師が検案して外表の異状を認めれば届出義務が生じることになります。
他方で、医師が適切に検案を実施して、死体の外表に異状を認めなければ、異状死体届出を提出しなくても刑事罰の対象にはならないでしょう。行政通達でも、医師が検案するにあたって、死体の外表の検査のほかに、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を積極的に自ら把握することまで求める趣旨ではないと記載されています(「医師による異状死体の届出の徹底について」に関する質疑応答(Q&A)について(平成31年4月24日事務連絡)参照)。
ただ、異状死体の届出は、犯罪の発見や捜査に役立つものです。死体外表面に異状がみられなくても、死体が発見された経緯、死体発見場所などから犯罪性が疑われるケースでは、自主的な届出が望まれます。
なお、検案して異状が認められなければ、それを記録化しておいてください。
病院・クリニックにおける診療行為・医療法に関するご相談は当事務所へ
日常の診療では、患者のトラブル対応や、書面作成で頭を悩ますケースも頻繁にあるかと思います。顧問弁護士がいれば、法的観点からのアドバイスを早期に受けることができ、診療に集中できます。診療上で生じる法的事項について、気軽に法律相談をしたいという方は、ぜひ顧問契約をご活用ください。
この記事を書いた人
弁護士:石原明洋
神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。