【臨検監督】医療機関における労働基準監督署対応のポイント
近年、病院に対する労働基準監督署(労基署)の立入調査により、数億円規模の未払残業代が発生する事例が相次いで報じられています。これにより、医療機関の経営に大きな影響が及んでいます。
医療現場も例外ではなく、労働時間管理の不備や未払賃金が厳しく指摘される傾向にあります。そのため、労基署の立入調査に備え、適切な対策を講じることが求められます。
本記事では、労基署の調査の内容や指摘されやすいポイントなどについて詳しく解説します。
労基署の臨検監督とは
1 労基署とは
労基署は、厚生労働省の出先機関であり、事業者が労働基準法(労基法)、最低賃金法、労働安全衛生法など労働者を保護する法令を遵守しているか監督指導する役割を担っています。
法令違反を認めると、是正勧告書を交付し、是正措置を求めます。また、違反が重大であれば、刑事事件として書類送検する場合もあります。
2 労働基準監督官とは
労基署には、監督指導業務を行う労働基準監督官が所属しています。労働基準監督官は、臨検監督(立入調査)を実施し、労働関係書類の提出を求め、使用者や労働者への尋問を行うことができます。
さらに、労基法や安衛法などの罰則付きの義務違反がある場合には、司法警察官と同じく、令状に基づく強制捜査(逮捕・捜索・差押え・検証)を行う権限も有しています。
3. 労基署の臨検監督(立入検査)とは
臨検監督の種類
臨検監督には以下の種類があります。
- 定期監督:年度の監督計画に基づき選定された事業場で実施
- 申告監督:労働者からの内部告発を受けて実施
- 災害時監督:重大な労災事故発生時に実施
臨検監督は、通常、証拠隠滅や書類改ざんを防ぐため、事前通知なしで抜き打ちで実施されます。これを拒否または妨害すると、強制捜査に発展したり、30万円以下の罰金が科される可能性があります。
ただし、管理者が不在で聞き取り調査ができない場合等は、可能な範囲で調査が行われ、残りは後日、日程調整をして実施されます。
また、例外として事前通知がある場合もあり、その際は事情次第で日程調整が可能です。
臨検監督の流れ
臨検監督は、通常、労働基準監督官2名により行われ、以下の流れで実施されます。
- 事業場の概況、勤務状況等の確認
- 労働者名簿、賃金台帳、就業規則、労使協定書、勤怠記録などの書類確認
- 事業主や労働者への聞き取り調査
- 是正勧告書または指導票の交付
4 問題があった場合の対応
是正勧告書の交付
臨検監督により法令違反が認められると、違反内容が記載された是正勧告書が交付されます。これを受けた事業者は、是正期日までに是正措置を講じ、労基署に是正報告書を提出しなければなりません。
例えば「36協定の上限時間を超える時間外労働」を指摘された場合、対象職員に未払残業代を支払う必要があります。
是正勧告は、行政指導であり強制力はありませんが、是正せずに放置すると書類送検され刑事処分を受ける可能性があるので、速やかに対処してください。
もし、是正勧告の内容に不服がある場合は、労基署長や上部機関である都道府県労働局に意見書を提出するなどして、訂正を求めることが可能です。
指導票の交付
法令違反ではないものの、改善が求められる事項については、指導票が交付されます。こちらも指摘事項を是正して、期日までに是正報告書を提出する必要があります。
5 労働法令違反の刑事罰
違反が重大な場合や是正勧告に従わない場合には、書類送検をされ、刑事手続きの対象となります。対象者は、経営者(院長)だけでなく、勤務管理者も含まれます。また、法人に対しても罰金刑が科されることもあります(両罰規定)。
主な労働法令の違反内容と量刑は、以下のとおりです。
違反内容 | 罰則 |
36協定なしの時間外労働、法定休憩・休日の不付与、割増賃金の不払い | 6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
最低賃金未満の賃金支払い | 50万円以下の罰金 |
労働条件明示義務違反、休業手当の不支給、就業規則作成義務違反 | 30万円以下の罰金 |
6 企業名の公表措置
労働基準関係法令違反を理由に送検された事業者は、事業者名や違反内容が厚労省のウェブサイトなどに公表されます。
また、社会的に影響力の大きい事業者(中小企業を除く)については、過重労働や過労死により是正勧告を受けた場合、送検されなくても公表される可能性があります。
事業者名が公表されれば、ブラック企業と認知され、事業活動や採用活動に悪影響が生じるリスクがあります。
医療機関が指摘されやすいポイント
1. 労働時間管理の不備
- 実際の労働時間と申告時間が一致していない(電子カルテの更新時間なども調査対象)
- 36協定の上限時間を超えて時間外労働を行わせている
- 時間外・休日労働をさせているのに割増賃金を支払っていない
2. 割増賃金の計算ミス
- 割増賃金の計算時に、基礎賃金に含めるべき手当を除外している
- 早出残業や終業後の事務作業を時間外労働に含めていない
3. 休憩・休暇の管理不足
- 手術や救急対応などにより、法定の休憩時間を確保できていない
- 休憩時間中に業務から完全に解放されていない(院内PHSを携帯し、緊急対応が求められる状態など)
- 年次有給休暇が法定の年5日以上取得されていない
労基署の指摘を防ぐための改善策
医療機関では慢性的な人手不足により、地域医療を維持するために長時間労働が発生しやすい状況にあります。しかし、法令違反があれば労基署の指導対象となり、多額の未払い賃金が発生するリスクがあるため、違法な長時間労働の実態があれば早急に改善する必要があります。
その対策として、医療クラークや特定看護師に業務を分担するなど、タスクシフト・タスクシェアを活用することが有効です。また、給与のベースアップや有給休暇の奨励、院内保育園の設置、ハラスメント対策などにより、職場環境を改善し、人材の定着を促すことも重要です。
具体的な取り組み方法については、厚生労働省「勤務環境改善に向けた好事例集」に掲載されているので、ご参照ください。(参照:https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001128611.pdf)
労基署対応でお困りの際は専門家に相談
労基署対応は、医療機関の経営や社会的信用にも大きな影響を与えます。このような事態に陥らないために、日頃から適切な労務管理を行い、未然にトラブルを防ぐことが重要です。
気になる点があれば、弁護士や社労士に相談して、早期に対応してください。

この記事を書いた人
弁護士:石原明洋
神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。