【労務トラブル】医療機関における労働時間管理のポイントとは?医療機関特有の注意点を解説

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医療機関における労働時間管理について

労働時間管理の必要性

医療機関では、慢性的な人手不足を背景に、医師ら職員の長時間労働が常態化しているところも少なくありません。

しかし、長時間の過重労働が続けば、職員の健康への影響や過労死のリスクが高まるうえ、ヒューマンエラーも生じやすくなり、医療安全にも影響を及ぼします。

医療機関も、他業種と同じく、労働基準法等の関係法令により労働時間の規制を受け、これに違反すれば、職員から未払い残業代請求を受けたり、

労働基準監督署から立入調査や是正勧告を受けることもあります。特に、2020年4月の改正労働基準法の施行により、

残業代請求の消滅時効の期間は2年から3年に延長されており、残業代の請求額も増加しています。

これらのリスクを避けるためにも、労働時間管理の適正化は、どの医療機関でも取り組まなければならない課題といえます。

労働時間規制の基礎知識

労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。

労働基準法で定められている労働時間、休憩、休日の原則は次のとおりです。

労働時間・1日8時間、週40時間が上限(法定労働時間)。
・複数の事業主の下で労働をする場合には、労働時間を通算して、1日8時間、週40時間以内に。
休憩・労働時間が6時間超え8時間以下 …45分
・労働時間が8時間超え      …1時間
休日毎週少なくとも1回の休日(法定休日)
法定労働時間を超えて労働をさせる場合(時間外労働)、又は法定休日に労働をさせる場合は、各事業場において、労使協定(36協定)を締結する必要があります。

ただし、時間外労働にも上限があり、原則として月45時間以内、年360時間以内でなければなりません。

労働時間は、原則として、タイムカード、ICカード、ビーコン(無線による位置情報を用いて自動打刻できる端末)等の客観的な方法で確認・記録する必要があります。

割増賃金

使用者は、労働者に時間外労働、休日労働、深夜労働をさせた場合には、割増賃金を支払わなければなりません。

割増賃金の計算方法は、次のとおりです。

1時間当たりの基礎賃金×時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数×各割増賃金率

 <図 割増賃金率>

時間外労働
(時間外手当)
時間外労働が月60時間まで25%以上
時間外労働が月60時間超え50%以上
休日労働
(休日手当)
法定休日に勤務させたとき35%以上
深夜労働
(深夜手当)
時から5時までの間に勤務させたとき25%以上

医師の働き方改革

医師の働き方改革が行われる背景

応召義務を背景に医師は昼夜問わず患者への対応を求められ、他職種と比較しても抜きんでた長時間労働の実態があります。

しかし、医師の過労死の懸念があることから、国は医師の自己犠牲的な長時間労働を是正すべく、医師の働き方改革に着手しています。

医師の働き方改革の内容

2024年4月から医師の時間外労働の上限は、原則として1年で960時間まで(A水準)に規制されます。

そして、救急医療など地域医療確保のために長時間労働が必要である場合や、臨床研修医・専攻医の研修のために長時間労働が必要な場合には、1年で1860時間までの特例水準(連携B・B・C水準)による規制となります。

A水準と特例水準の医療機関を兼業している医師には、特例水準が適用されます。

なお、これらの上限規制が適用される医師は、医療機関で勤務し、診療を直接の目的とする業務を行う医師(特定医師)です。

他方、診療を直接の目的としていない産業医や検診センターの医師等は一般業種と同じ上限規制を受けます。

医療機関に適用する基準年の上限時間面接指導休息時間の確保
A(一般労働者と同程度)960時間義務努力義務
連携B(医師を派遣する病院)1,860時間
※2035年度末を目標に終了
義務
B(救急医療等)
C-1(臨床・専門研修)1,860時間
C-2(高度技能の取得研修)
(厚生労働省「医師の働き方改革概要」より引用)

追加的健康確保措置

医師にも上限規制が適用されたとはいえ、一般業種の時間外労働の上限規制の年360時間に比べれば、大幅な長時間労働が許容されており、健康リスクが否めません。

そこで、1か月の時間外・休日労働が100時間を超えると見込まれる医師には、産業医などによる面接指導が必要となります。

また、特例水準(連携B・B・C水準)指定の医療機関では、勤務間インターバル(退勤から翌日出勤まで原則9時間)の確保や、代償休息の付与などの健康確保措置が義務付けられています。

保健所の立入検査では、追加的健康確保措置が適切に実施されているか確認され、未実施であれば指導されます。

それでも実施されなければ、都道府県による改善命令があり、これに従わなければ特例水準の指定取消、罰則などの措置を受ける可能性があります。

実務的対応

医師の働き方改革が始まっても、業務の実態が変わらなければ、労働時間の上限規制に対応できません。

そこで、各医療機関において、以下のような診療体制の見直し、タスクシフト・タスクシェア、医療連携などの労働時間の短縮に向けた取り組みが求められています。

  • 複数主治医制の導入により、主治医の業務集中の緩和を図る。
  • 会議・カンファレンスは、時間を短く区切る、勤務時間内に実施するなどして効率化する。
  • メディカルクラーク・事務スタッフへ、パソコン入力・書類作成業務を移譲する。
  • 特定行為看護師を育成し、人工呼吸管理、持続点滴中の薬剤の投与量調整などの特定行為を移譲する
  • 勤務医の外来負担を軽減すべく、大病院・急性期病院の外来患者を、かかりつけ医機能を担う診療所等に積極的に逆紹介する。

労働時間が問題になるもの

宿日直

宿日直のポイント

病院における宿日直とは、常態としてほとんど労働する必要がない勤務形態を指し、時間帯が主に夜間であれば宿直、時間帯が主に日中であれば日直と呼びます。

病院内に待機して、緊急の電話対応、定期巡視、少数の要注意患者の定時検脈・検温などの業務を行うものです。

宿日直勤務は、「断続的業務」(労働基準法41条3号)として、所定の条件を満たし労働基準監督署長の許可を受ければ、労働時間としてカウントされません。

これは、宿日直中の業務は心身への負担が軽度であり、労働時間を規制しなくても健康上の支障がないと考えられているからです。

なお、宿直中に突発的な急患対応などの通常業務を行った場合には、割増賃金が支払われなければなりません。

夜勤勤務と宿直の制度的な違いは、次のとおりです。

<図 夜勤勤務と宿直の違い>

夜勤勤務宿直
業務内容通常業務特殊の措置を必要としない軽度又は短時間の業務
労働時間時間外労働規制の対象時間外労働規制の対象外
ただし、原則として週1回が限度
賃金・深夜労働(午後10時~午前5時):基礎賃金×1.25%
・時間外労働+深夜労働:基礎賃金×1.5%
同種労働者の平均賃金額の3分の1以上
その他ベッド・寝具など睡眠が可能な設備が必要

医師の働き方と宿日直

時間外労働の時間数は、派遣先病院の時間外労働時間と通算してカウントされますが、宿日直勤務では時間外労働としてカウントされないため、医師の働き方改革に伴い、派遣先病院で宿日直許可を取得する動きが急増しています。

しかし、慢性的に医師不足の病院などでは、宿日直勤務であるにもかかわらず、通常業務を延長して診療をしたり、恒常的に救急患者の診療を実施したりして、宿直を時間外労働規制の抜け穴に使うといった事態が懸念されています。

このような事態が頻発しては、かえって疲弊する医師が増加し、医師の働き方改革に逆行しかねないので、注意してください。

医師の自己研鑽

自己研鑽の労働時間該当性

医師は、日常業務以外にも、自ら知識の習得や技能の向上を図るために、勉強会への参加、学会準備、論文執筆などの自己研鑽に励まれています。

ただ、自己研鑽が労働時間に該当するかの線引きは、管理者側と勤務医側とで意識のずれが生じやすい問題です。

2019年7月1日の厚生労働省の通達では、自己研鑽の労働時間について、次の判断基準が示されています。

①所定労働時間内の自己研鑽

医師が、始業時刻から終業時刻までの間(休憩時間を除く)に、勤務場所において研鑽を行う時間は、労働時間になる。

②所定労働時間外の自己研鑽

医師の研鑽が、診療等の本来業務と直接関連性がなく、かつ、上司の指示なく自発的に行われる場合には、院内で行われていたとしても、労働時間に該当しない。

他方で、医師の研鑽が、上司の明示・黙示の指示により行われる場合には、本来業務に関連性がない研鑽であっても、労働時間に該当する。

手続上の措置

自己研鑽を隠れ蓑として不当に労働時間が積み上がる環境は問題ですが、時間ばかりかけた非効率な研鑽まで残業代請求の対象とすることも適切ではありません。

自己研鑽と業務との判別ができるように、各医療機関において、事前に上司に確認する体制や院内の研鑽に関するマニュアルを整備するなどの措置を講じておくべきでしょう。

オンコール

オンコールの問題点

オンコール待機時間中は、院外で過ごしていても、電話等で呼び出しがあれば病院に駆けつけるなどの対応が求められます。

待機時間中は、いつ着信があるか分からないという緊張感を伴うもで、緊急時の出勤に備え、遠方への移動や飲酒ができないなどの制約があります。

そのため、オンコール待機時間が労働時間に該当するかが問題になることがあります。

オンコールの労働時間該当性の判断方法

先述のとおり労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。

労働者が実作業に従事していない時間であっても、職務内容や時間的・場所的拘束性、使用者からの指示などの事情から、

労働からの解放が保障されていない場合には、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているとして、労働時間にあたるとされます。

オンコール待機時間についても、オンコールの対応時間や頻度、病院からの待機中の行動に関する指示の有無・内容等の事情から、

病院の指揮命令下に置かれていると評価されれば、労働時間に当たる可能性があります。

オンコールに関する裁判例

【労働時間該当性を否定】

・奈良地方裁判所平成27年2月26日判決

当該病院でのオンコール体制は、病院の内規の定めのない、産婦人科医らの自主的な取り決めに基づくもので、

使用者の指揮監督下に置かれているものではないとして、産婦人科医のオンコール中の残業代請求を否定した。

・千葉地方裁判所令和5年2月22日判決

オンコール当番は形成外科医が当直中のときだけのもので、オンコールは緊急性の比較的高い対応のみに限られ、

その頻度も多くないなどの理由から、待機時間は労働時間に該当しないとした。

【労働時間該当性を肯定】


・横浜地方裁判所令和3年2月18日

緊急呼出用の携帯電話の所持者の緊急出動は、日数にして9.5日に1回程度、担当回数にして8回に1回程度の頻度であり、

呼び出しの電話があれば、実際に緊急出動に至らなくても、相当の対応をすることが義務付けられていたことなどから、

当該携帯電話を常時携帯して緊急対応に備えていた看護師の待機時間は、労働時間に該当するとした。

法的リスク

昨今の権利意識の高まりから残業代請求は増加傾向にあり、長時間労働に対するマスコミの報道も厳しくなっています。

とはいえ、上記のとおり、医療機関に関わる労働時間規制は複雑になってきており、医療従事者の労働時間該当性に関する裁判所の判断基準も確立されているとはいえない状況です。

そのため、労働時間管理における法的リスクを避けるためには、労働法規に詳しい専門家からのアドバイスが不可欠といえるでしょう。

当事務所では、医療機関における労働時間の管理に関するご相談から、トラブルが発生した場合の対処まで幅広く対応しております。

労働時間の問題でお困りでしたら、お気軽にお問い合わせください。

弁護士:石原明洋

この記事を書いた人

弁護士:石原明洋

神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。

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