医療機関における人材紹介のトラブルを避ける契約時の注意点
医療機関では、人手が不足すると施設基準を満たせず、診療報酬が減額されるおそれがあります。そのため、医師や看護師などの人材確保は、医療機関の経営にとって極めて重要な課題となっています。
こうした状況を背景にして、慢性的な人材不足を解消するために、人材紹介会社を活用する医療機関も増えてきました。その一方で、紹介された人材が早期に離職をするなど、人材紹介に関するトラブルも医療業界の問題になっています。
本コラムでは、人材紹介に関する法規制や、医療機関が人材紹介会社を利用する際の注意点について解説します。
医療機関が知っておくべき人材紹介の仕組みと派遣・求人サイトとの違い
人材紹介サービスとは
人材紹介とは、人材紹介会社(エージェント)が、求人者(採用側)のニーズを踏まえ、マッチングする可能性のある求職者(採用される側)を紹介するサービスです。
法的には、求人者と求職者との間の雇用契約の成立をあっせんするもので、職業安定法上は「職業紹介」と定義されます。また、人材紹介会社のように、厚生労働大臣の許可を受けて職業紹介を業として行う者は、職業安定法上「職業紹介事業者」と定義されます。
他の採用手法との違い
ちなみに、人材紹介は、「人材派遣」や「募集情報等提供事業」は別物です。
- 人材派遣:労働者が派遣会社と雇用契約を結び、派遣先で働く形態(労働者は派遣先企業と雇用契約を締結しません)。
- 募集情報等提供事業:求人サイトの運営などを通じて、募集情報等の提供のみを行うサービス(あっせんは行いません)
医師・看護師採用における人材紹介利用実態
令和2年10月に実施された「病院の人材紹介手数料」に関する全日本病院協会等のアンケート調査によれば、医師採用に人材紹介会社を利用したことがある医療機関は38.2%、看護師では77.6%と、特に看護師については多くの施設が利用している状況です。また、紹介手数料は、医師で平均約351万円、看護師で約76万円でした。
近年の紹介手数料は、高額化しており、年収の25~35%程度に及ぶことが一般的になっています。
医療機関は、公定価格である診療報酬で収益を得ているので、紹介手数料を治療費に価格転嫁することはできません。紹介された人材の早期離職は、医療機関の経営も圧迫することになるため、定着率の向上が大きな課題となっています。
人材紹介に関する最新法規制|令和7年改正対応
人材紹介会社に求められる法的ルール(職業安定法)
職業安定法では、人材紹介に関するトラブルを避けるために、職業紹介事業者に対して、求職者に対して労働条件(業務内容、賃金、労働時間等)を明示するよう義務付けています。
また、職業紹介事業者は、厚生労働省の「人材サービス総合サイト」において、次のような情報を提供しなければなりません。
- 無期雇用就職者のうち、就職から6か月以内に解雇以外で離職した者の数
- 手数料に関する事項
- 返戻金制度に関する事項
なお、令和7年4月施行の法改正により、紹介手数料の実績(就職1件当たりの平均手数料率)も人材サービス総合サイトに掲載することが必要となりました。
祝い金をめぐる法規制
以前は一部の人材紹介会社が紹介した労働者に「祝い金」を支給し、その後の再転職を促すことで再び紹介手数料を得る、いわゆる「転職転がし」が横行していました。これにより紹介された人員が早期に離職するため、医療機関にとっては、人材確保が困難になるだけでなく、手数料が無駄になってしまいます。
このような不適切な人材紹介を防止するため、令和3年4月より職業紹介事業者による祝い金の支給が禁止されました。その後も看護や医療の分野でルール違反が続いたことを受け、令和7年1月から祝い金を支給しないことが職業紹介事業の許可条件とされました。
さらに、求人サイトを通じた採用はこの規制の対象外でしたが、令和7年4月より募集情報等提供事業者についても祝い金の提供が禁止されることになりました。
人材紹介契約で確認すべきポイント
では、人材紹介を利用して失敗しないために、どのようなことに気を付けるべきでしょうか。
返戻金規定を確認する
紹介手数料の返戻金とは、紹介された人材が早期に離職した場合に、紹介手数料の一部が返還される制度です。たとえば、人材紹介契約書において、採用後1か月以内に離職した場合は手数料の80%、1か月超3か月以内の場合は50%が返還されるといった形で定められています。
ただし、返戻金は法律で義務付けられているものではなく、あくまで人材紹介会社との契約内容によります。求人者は、契約書に返戻金規定が設けられているか、返戻金の割合がどの程度かを事前にしっかり確認しておくことが重要です。
直接取引の禁止条項を確認する
人材紹介会社から一度紹介を受けた求職者を、紹介会社を通さずに直接採用する行為は、「中抜き」や「直接取引」と呼ばれています。
このような行為は、紹介手数料の支払いを不当に回避することになるため、多くの人材紹介契約では、一定期間内に紹介会社の承諾を得ずに採用した場合には違約金が発生する旨が定められています。
なお、令和7年4月施行の法改正により、人材紹介会社が違約金規約を設けている場合には、違約金の額や発生条件などを求人者に明示することが義務付けられました。
過去に紹介会社から紹介されたものの採用に至らなかった求職者を、直接応募などの別ルートで採用することになった場合は、直接取引の禁止期間に該当していないかなど、人材紹介会社との契約内容を確認する必要があります。
紹介された医師・看護師に問題があった場合|人材紹介会社の責任を問えるか?
では、人材紹介会社から紹介された医師や看護師が、短期間で転職を繰り返したり、経歴詐称があったにもかかわらず、十分な確認をせずに紹介してきた紹介会社に法的責任を追及することはできるでしょうか。
結論からいえば、紹介された労働者の能力や適格性に問題があったり、経歴詐称があったとしても、紹介会社に対して法的責任を追及することは困難です。
裁判例では、職業安定法上の職業紹介事業者には、一般的に、求職者の申告した学歴、職歴に関し、その裏付け調査等をする義務まで負わないとしています(東京地方裁判所平成16年8月30日判決)。
また、紹介会社が求人者に提供すべき情報としては、求職者の申告した情報で足り、それ以上に求職者の能力や適格性、具体的には、求職者の従前の勤務先での勤務態度、退職の理由等について情報を収集して被告に提供する義務を負わないとさています(東京地方裁判所平成26年7月15日判決)。
これらの判例を踏まえると、人材紹介会社から紹介された医師や看護師については、エージェントからの情報を鵜吞みにせず、医療機関側で、書類や採用面接などを通して、能力や適性、経歴を十分に調査する必要があるでしょう。
ただし、例外として、紹介会社が求職者の虚偽の申告や問題ある職歴を知りながら、あえてそれを隠して紹介したような場合には、法的責任を追及できる可能性があります
信頼できる人材紹介会社の選び方
厚生労働省の委託を受けた一般社団法人日本人材紹介事業協会(人材協)が運営する「医療・介護・保育分野における適正な有料職業紹介事業者認定制度」では、法令遵守などの一定の基準を満たした人材紹介会社が認定されています。
たとえば、次のような基準を満たす紹介会社が認定対象となります。
- 手数料を職種別に公表している
- 就職後6か月以内の早期離職に対する返戻金制度がある
- 祝い金の支給を行っていない
- 自社の紹介により就職した者に転職を勧奨しない
- 転職を過度にあおる広告を行わない
認定を受けた適正認定事業者を利用すれば、早期離職があっても返戻金が受けられない、紹介した労働者に転職を勧めるといったリスクを回避することができます。
適正認定事業者かどうかは、人材協のウェブサイトや、人材サービス総合サイトから確認できます。
人材紹介でお悩みの場合には弁護士に相談を
人材紹介会社とのトラブルを防ぐためには、信頼できる紹介会社を選び、担当者と良好な関係を築くことが大切です。それに加え、紹介手数料や返戻金の発生条件・金額など、契約内容を十分に把握しておくことも重要です。
当事務所では、医療機関における人材紹介に関するご相談も承っております。人材紹介会社との契約内容に不安がある場合や、トラブルに発展してしまった場合には、ぜひ当事務所にご相談ください。

この記事を書いた人
弁護士:石原明洋
神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。