【行政指導】保健所の医療機関立入検査の実態とは?主な検査事項と医療機関で対応すべき事項を解説
医療機関における立入検査
立入検査の目的
医療法25条1項に基づく立入検査とは、都道府県、保健所を設置する市又は特別区が、医療機関が良質で適正な医療を行う場としてふさわしい場とすることを目的として、人員配置の状況、構造設備・清潔の状況、カルテ・医薬品などの管理の状況を確認するものです。この立入検査は、「医療監視」とも呼ばれます。
立入検査は、一般的に医療機関の開設時に実施され、その後は、病院では原則として毎年、有床診療所は3年に1回程度、無床診療所は5年に1回程度で実施されることが多いようです。(厚生労働省「医療法第 25 条第1項の規定に基づく立入検査要綱の一部改正について.pdf 」より)
立入検査では、保健所に配属された医療監視員が、対象医療機関に訪問して、検査表を用いて各検査項目をチェックする形で行われます。
立入検査の結果、不適合事項があれば、文書により改善事項が通知されます。
なお、この立入検査の実施機関は保健所であり、健康保険法73条等に基づいて地方厚生局が施設基準との適合性を調査する適時調査とは異なります。
立入検査で不備があった場合のリスク
立入検査で問題点を指摘された場合は、個別指導や適時調査のように自主返還を求められたり、保健医療機関登録を取り消されることはありません。
もっとも、立入検査は、医療機関が適正な医療を実施するための必要事項のチェックですので、不備があれば、医療安全に支障が生じるだけでなく、法的問題に発展するリスクもあります。
また、医療法人のM&Aにあたっては、デューデリジェンスの際に立入検査の結果通知の内容も確認されるため、重大な指摘事項があれば査定のマイナス要因になりかねません。
保健所からの立入検査の主な検査項目
立入検査の検査事項については、各自治体のサイトでチェックリストを閲覧すれば確認できます。以下、具体例を挙げます。
1.人事関係
☑ 雇入れの際、労働契約の締結又は書面の交付等による労働条件の明示をしているか
☑ 就業規則を作成し、労働基準監督署への届出を行っているか
☑ 職員の労働時間の把握、記録の作成を行っているか
☑ 時間外労働の把握、就業上の措置を行っているか
2.診療体制関係
☑ 重大事故発生時の体制を明確にしているか
☑ 院内感染対策に関する研修を、全従業者を対象に実施しているか
☑ 医療廃棄物が適切に管理されているか
☑ 診療録を治療完結後5年以上保管しているか
3.個人情報の取扱い関係
☑ 個人データ漏えい等の問題が発生した場合に、二次被害防止、類似事案発生回避等の観点から必要な措置を講じているか
☑ 個人データの委託先に対し必要かつ適切な監督を行っているか
4.管理関係
☑ 医療ガス設備の保守点検を実施しているか
☑ 医療機器の保守点検に関する委託契約書が整備されているか
☑ 院内掲示すべき事項が掲示されているか
5.給食関係
☑ 食中毒発生時の対応マニュアルが整備されているか
6.臨床検査関係
☑ 院内の検体検査の精度の確保に係る責任者が配置されているか
☑ 院内の遺伝子関連・染色体検査の精度の確保に係る責任者が配置されているか
7.診療放射線関係
☑ 電離放射線健康診断項目について実施し、個人票を作成しているか
☑ 従事者の被ばく線量が限度を超えないように管理しているか
8.薬剤管理関係
☑ 毒薬を使用していない時間帯は保管庫を施錠しているか
☑ 医薬用外毒物劇物の管理簿を作成し、在庫量・使用量を把握しているか
医師の働き方改革と立入検査
検査内容
令和6年度から新たに医師の働き方改革に関連する検査項目が追加されました。
周知のとおり令和6年4月から医師の時間外労働の上限は、原則として1年で960時間まで(A水準)に規制されます。そして、救急医療など地域医療確保のために長時間労働が必要であったり、臨床研修医・専攻医の研修のために長時間労働が必要な場合には、1年で1860時間まで(連携B・B・C水準)の規制となります。ただ、医師にも上限規制が適用されたとはいえ、他業種に比べれば大幅な長時間労働が許容されているので、健康リスクは否めません。
そこで、1か月の時間外・休日労働が100時間を超えると見込まれる医師には、産業医などによる面接指導が必要となります。
また、特例水準(連携B・B・C水準)指定の医療機関では、勤務間インターバル(退勤から翌日出勤まで原則9時間)の確保や、代償休息の付与などの健康確保措置が義務付けられました。
これらの健康確保措置が適切に履行されるために、令和6年4月以降には次の検査事項を対象とした立入検査が実施されます。
①時間外・休日労働が月100時間以上となった医師(面接指導対象医師)に、面接指導が実施されているか
②面接実施後、必要に応じて労働時間の短縮、宿直の回数の減少など就業上の措置を講じているか
③時間外・休日労働が月155時間超となった医師について、労働時間の短縮のために必要な措置を講じているか
④特例水準指定の医療機関の医師のうち、時間外・休日労働時間が 年960時間超となることが見込まれる医師に対し、休息もしくは代償休息が確保されているか
検査方法
まず、面接指導対象医師をリストアップした「直近1年間における月別の時間外・休日労働時間数が100時間以上となった医師の一覧」の提示が求められます。
そのうえで、面接指導の概要が記載された「長時間労働医師面接指導結果及び意見書」の提示が求められ、面接指導が適切な時期に実施されていることの確認がされます。
また、面接指導を実施した医師の意見に基づいて、健康確保措置の要否や内容に関する記録がとられているかも確認されます。
医療機関の対応における注意点
立入検査により、面接指導や勤務間インターバルなどの措置が未実施であることが判明すると、改善指導がなされます。
もし、改善指導が繰り返されたにもかかわらず改善がみられない場合には、改善措置命令が下され(医療法111条、126条)、労基署に情報提供がなされます。
万一、この改善命令にも従わなかった場合には、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処され(医療法148条)、特例水準の指定も取り消される(医療法117条1項4号)おそれがあります。
立入検査により医師の健康確保措置の指導を受けた場合には、速やかに改善に向けて取り組むことが重要です。
立入検査に関する対応は専門家にご相談を
立入検査で受ける改善指導は、医療機関としての機能を向上させるきっかけになるもので、基本的には速やかに改善に取り組むべきでしょう。
なお、労務などの法令・法律問題に関する指導を受けた場合には、弁護士に相談していただければ、適切な改善策をご提案することができます。
この記事を書いた人
弁護士:石原明洋
神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。