医療機関におけるハラスメントの種類とその対応法
病院・クリニックにおけるハラスメントの現状
ハラスメントを受けた経験
医療機関では、業務過多によりストレスが溜まりやすく、また人の健康や命を預かるという重責から、指導が行き過ぎてしまい、ハラスメントとなるケースが少なくありません。
令和2年度の厚生労働省の統計によれば、医療機関において、過去3年以内にパワハラを受けたと回答した職員は約35%、セクハラは約11%、マタハラは約28%でした(厚生労働省 「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査」より引用)。
ハラスメントによる悪影響
ハラスメントは、被害者のモチベーションを下げるだけでなく、うつ病などの精神疾患を引き起す要因にもなり得ます。これにより、人材が流出したり、職場環境が悪化して生産性が低下するなどの悪影響が生じます。
厚生労働省のアンケートでは、パワハラが職場に与える影響として、以下の回答が多くみられました。
- 職場の雰囲気が悪くなる 93.5%
- 従業員の心の健康を害する 91.5%
- 従業員が十分能力を発揮できなくなる 81.0%
- 人材が流出してしまう 78.9%
- 組織のイメージが悪化してしまう 54.1%
- 損害賠償などの金銭的負担が生じる 45.7%
(厚生労働省「平成28年度 職場のハラスメントに関する実態調査」より引用)
ハラスメント問題を放置することの法的問題
2022年4月から、改正パワハラ防止法の施行により、大病院だけでなく、中小の病院・クリニックにもパワハラ防止措置が義務付けられました。
具体的な防止措置の内容は、厚生労働省が作成したパワハラ防止指針に規定されており、パワハラ相談窓口の設置や、就業規則にパワハラを行ってはならない旨の方針を規定することなどが求められます。これらの防止措置を怠った場合には、厚生労働大臣から助言・指導又は是正勧告を受けるほか、勧告に従わなければ医療機関名が公表されるおそれがあります。
また、ハラスメント発生後、何ら対処せずに放置していると、被害者から安全配慮義務違反による損害賠償請求を受けるリスクもあります。
さらに、最近では、医療機関のハラスメント関連のニュースを目にすることも増えており、ハラスメントによるレピュテーションリスクも大きくなっています。
ハラスメントは個人間の問題ではなく、組織の問題として捉え、予防と対処を適切に行わなけらなりません。
病院・クリニックでのハラスメントの種類
パワハラ
パワハラは、次のように定義されます。
職場において行われる ①優越的な関係を背景とした言動であって、 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、 ③労働者の就業環境が害されるもの (労働施策総合推進法30条の2第1項参照) |
パワハラは、①優越的な関係を背景とした言動であり、上司の医師から部下の医師、医師から看護師・事務職員に対するものなどが典型です。ただ、経験・知識が豊富な部下の方が優越的な立場にある場合もあります。
また、②の業務上必要かつ相当な範囲を超えたか否かは、指導とパワハラの線引きをする要件です。業務上必要かつ相当な範囲を超えたかは、司法の場では、当該言動の目的、労働者の問題行動の有無や内容・程度、言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質など様々な要素を総合考慮して判断されます。
ただ、現場レベルにおいては、厚生労働省が示すパワハラの典型的な6類型を念頭に、自身の行動がパワハラに当たっていないか意識しておくとよいでしょう。
- 身体的な攻撃 例)殴打、足蹴り、物を投げつける
- 精神的な攻撃 例)人格を否定する、長時間激しい叱責をする
- 人間関係からの切り離し 例)集団で無視する
- 過大な要求 例)新卒に十分な教育をせずに、高度な要求をする
- 過小な要求 例)ベテランに、誰でもできる事務作業しか与えない
- 個の侵害 例)無断で職員のスマートフォンを閲覧する
セクハラ
セクハラは、次のように定義されます。
職場における労働者の意に反する性的な言動で、 ①これに対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利に扱われるもの(対価型) または ②就業環境が害されること(環境型) (男女雇用機会均等法11条) |
セクハラの典型例は、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなどです。また、「男なのになさけない」「女がお茶くみしろよ」など、性別役割分担の固定観念を、相手に押し付ける発言もセクハラに該当します。
セクハラは、パワハラと異なり、平均的な男性・女性労働者の「意に反する」ものかどうかが基準の一つとなります。自分では問題ない発言だと思っても、相手の意に反してればセクハラに当たる可能性があるのです。医療現場で性的な言動は不要ですので、安易な性的な発言・行動は慎まなければなりません。
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ等)
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントは、次のように定義されます。
職場における上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した「女性労働者」や育児休業等を申出・取得した「男女労働者」の職場環境が害されること (男女雇用機会均等法11条の3第1項、育児・介護休業法25条1項) |
女性職員が多い職場である医療機関においては、妊娠・出産・育児に伴う時短や休業に関する労務トラブルが多い傾向にあります。ただし、法令により、妊娠・出産・育児を理由とした職員への不利益的取り扱いは禁止されています。
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントは、2つに分類されます。
①状態(妊娠・出産)への嫌がらせ型
これは、女性労働者が妊娠等をしたことに対して、上司が「妊娠するなら忙しい時期を避けて欲しかった」と繰り返し述べるなどの嫌がらせをしたり、「他の人を雇うので辞めてもらうしかない」と不利益的取り扱いを示唆するケースです。
②制度等の利用への嫌がらせ型
これは、産前産後休業、育児休業などの制度を利用しようとする職員に対し、「休みをとなるなら辞めてもらう」などと解雇を示唆したり、請求を取り下げるよう要求するケースです。
女性だけでなく、男性も育児休業等の申出・取得をしたことにより職場から不利益的取り扱いを受けることは禁止されており、育児に参加する男性も被害者となり得ます。
ハラスメント対応のポイント
ハラスメント対応の流れ
職員からハラスメント被害の申告を受けた場合には、その職員の承諾をとって、事実関係の調査を開始します。
関係者から聞き取り、メール、録音、防犯カメラの映像などの証拠を収集して事実関係を明らかにして、問題行為がハラスメントに該当するか判定し、その結果を当事者に通知します。
ハラスメントが肯定された場合、加害者に対する処分を検討するとともに、再発防止策を講じます。
ハラスメント対応の難しさ
ハラスメント調査では、対象となる事実関係を証拠に基づき認定し、諸般の事情を考慮してハラスメントの該当性を適切に判断しなければなりません。
また、ハラスメントが肯定されれば、加害者に対して、注意・指導、配置転換、懲戒処分(譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇)などの人事上の措置を適切に講じる必要があります。これらの判断を誤れば、調査義務違反や不当な懲戒処分であるとして、医療機関側が賠償請求を受けることになりかねません。
ハラスメントが問題になった場合には、法的知識の豊富な弁護士に相談しながら慎重に対応することをおすすめします。
病院・クリニックにおける労務トラブルは当事務所へ
当事務所では、病院・クリニックのパワハラ、セクハラ問題について、多数の対応実績があります。ハラスメントが発生した際の調査、人事上の措置などにつき、適切に対応できるようサポート致します。
また、ハラスメントのない働きやすい職場環境を構築するには、職員が定期的に研修を受け、ハラスメントに関する正しい知識を身に着けることが重要です。
当事務所は、医療機関向けのハラスメント研修を数多く担当しており、医療機関の実情に即した研修を実施致します。
この記事を書いた人
弁護士:石原明洋
神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。