カスハラ訴訟が最高裁へ|裁判例から読み解く医療機関が実践すべき法的対応

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医療現場におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)は深刻な社会問題となっており、医師や看護師、受付職員が暴言・暴力・理不尽な要求にさらされる事例が後を絶ちません。

近年では、患者のカスハラ行為に対して医療法人が訴訟を提起し、最高裁まで争われたケースも登場しています。
本コラムでは、患者によるカスハラに対して病院・クリニックがとるべき法的措置について、裁判例を踏まえて考察します。

カスハラ患者に対する損害賠償請求は認められるか?

長崎地裁令和6年1月9日判決の事例~看護師退職・病床閉鎖に発展した家族の言動~

入院患者Aの家族Bによる高圧的な言動により、複数の看護師が退職し、病床の一部閉鎖を余儀なくされたとして、病院がその家族Bに対して損害賠償請求を行った事案です。
主な家族Bの言動は以下のとおりです。

  • 深夜、患者Aの酸素飽和度設定に異議を唱え、医師の指示に基づく説明にも納得せず、「頭が悪いのか」などの暴言を交えて看護師を約40分間叱責。
  • 患者Aの発声が困難になっていることを聞いて憤慨し、攻撃的な口調で看護師らを問い詰め、すでに帰宅した師長を呼び出すよう要求。
  • 患者Aの担当を交代した看護師に、困惑することを承知のうえで、他の患者より患者Aを優先するよう要求。
  • 患者Aの介助について、看護師らを思い通り動かせようと、具体的に指示を出す。
  • 患者Aのエアマットの設定に不満を述べ、「あなたならこれで寝れる?」と言いながらスタッフの頭を後ろから押さえつけるなどの暴行。
  • スマートフォンで病院スタッフの看護、介護の様子を無断で動画撮影。

裁判所の判断 

一審(長崎地裁 令和6年1月9日判決)

上記の家族Bの言動は、いずれも社会的相当性を著しく逸脱したハラスメント行為と認定しました。しかしながら、看護師の退職や病床閉鎖といった病院の損害との因果関係は否定し、病院側の損害賠償請求は棄却されました。

二審(福岡高裁 令和6年7月判決)

看護師らが精神的に疲弊していたであろうことは容易に推認できるとしながらも、医療現場においては、入院患者やその親族が精神的不安定さから社会的に不相当な言動に及んでも、直ちに不法行為を構成するほどの違法性があるとは評価できないと判示して、暴行を除いた言動については、一審のハラスメントとの認定を覆し、違法性を否定しました。

上告審(最高裁令和7年1月23日判決)

病院の上告を棄却し、病院の敗訴が確定。

カスハラ行為に違法性が認められる場合とは

カスハラを理由に加害者に対して損害賠償請求をする場合、加害者の言動に「違法性」が認められることが前提となります。

暴行、傷害、威力業務妨害罪などの刑事罰に該当する行為であれば、基本的に違法性は認められるでしょう。

他方で、刑事罰に至らない程度のクレーム・言動の場合には、医療従事者の業務における受忍限度を超える程度のものでなければ違法性が否定される傾向にあります(岡山地裁倉敷支部平成26年3月11日判決参照)。

そして、上記の福岡高裁では、医療現場における患者、その家族の精神的不安定さに配慮して、医療従事者の受忍すべき範囲が広く設定されている印象を受けます。医療者側にとっては、厳しい判断といえるでしょう。

なお、厚労省のカスハラ対応マニュアルでは、カスハラの定義を、顧客の要求内容の妥当性に照らし、手段や態様が社会通念上不相当であり、かつ就業環境が害されるものと示しています。ただし、この定義は、正当なクレームとカスハラとを区別するための基準であり、損害賠償責任が認められるかどうかを判断するための基準とは異なります。

因果関係、損害額については?

損害賠償が認められるためには、損害との因果関係を立証する必要があります。たとえば、患者によるカスハラ行為の後に病院の収入が減少したとしても、その減収がカスハラによって生じたものだと証明できなければなりません。ただ、カスハラ行為と医療従事者の損害との因果関係が認められる場合でも、医療機関の損害との因果関係の立証は難しいのが実情です。長崎地裁の事案でも、家族Bによる言動と病院が被った損害との因果関係は否定されました。

また、仮に損害賠償が認められた場合でも、その金額が高額になるとは限りません。暴行などによって身体的な被害を受けた場合には賠償額が高額となることもありますが、暴言などによる精神的苦痛のみの場合、慰謝料額は少額にとどまる傾向があります。裁判費用の方が高くなる可能性もあるため、慎重な検討が必要です。

カスハラ患者への診療拒否は認められるのか?

診療拒否と応召義務の関係

患者によるカスハラ対策としては、診療を拒否する方法があります。損害賠償はカスハラよる被害を回復するための「事後の策」であるのに対し、診療拒否はスタッフへの悪影響を未然に防ぐ「事前の策」といえるでしょう。

ただ、医師には応召義務(医師法19条1項)があり、正当な事由がない限り、診療拒否はできません。仮に、応召義務に違反すれば、患者から損害賠償を請求されるおそれがあります。では、患者のカスハラを理由とする診療拒否について、裁判例はどのように判断しているのでしょうか。

カスハラ患者の診療拒否に関する裁判例の傾向

 診療拒否が応召義務に違反するか否かが争点となった主な裁判例は、以下のとおりです。

  • 弘前簡裁平成23年12月16日判決
     医療過誤を理由に訴訟提起してきた患者とは信頼関係が失われているとして、診療拒否が正当と認められた。
  • 大阪高裁平成24年9月19日決定
     待ち時間などのクレームを繰り返し、他院で受けた治療費の支払いを不当に要求してきた患者への診療拒否は、正当とされた。
  • 東京地裁平成25年5月31日判決
     医師の採血に関する指示を無視し、退去要求も拒否した患者に対する診療拒否は、正当と判断された。
  • 東京地裁平成26年5月12日判決
     長時間の居座り、院長に対する謝罪要求などで信頼関係が破綻し、診療拒否が正当と判断された。
  • 東京地裁平成28年9月28日判決
     歯科医師とつかみ合いとなったり、治療費を巡るトラブルもあったことから、信頼関係が失われたとして、診療拒否が正当とされた。

このように、患者のカスハラにより信頼関係が破壊されたと認めて、診療拒否が正当と判断した裁判例は多く存在します。

一方で、患者のカスハラを理由として診療拒否をしたことが、応召義務に違反すると判断した裁判例は見当たりませんでした。

通達における応召義務の考え方

令和元年の厚労省医政局長の通達では、診療拒否が応召義務に反するか否かについて、「最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)である」としています。そのうえで、「診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。」とされています。

例えば、診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける患者については、信頼関係が喪失していると評価されます。

診療拒否の判断要素

患者のカスハラを理由とする診療拒否は、信頼関係が喪失し、緊急の診療の必要性がない場合には、正当と判断される傾向があります。実際の裁判例においても、カスハラを理由とした診療拒否が認められたケースが多数存在します。

こうした傾向を踏まえれば、医療機関としては、スタッフに深刻な影響が生じる前に、早期に患者の診療を継続すべきかどうかを検討することが重要です。

診療拒否の正当事由が認められるか否かは、主に以下の要素から判断されます。

  • 患者の言動の態様、頻度、継続期間
  • 緊急の診療の必要性の有無
  • 代わりに受診できる医療機関の存在

これらを十分に検討するためにも、患者の行為を動画や録音、カルテ・看護記録などで証拠化しておくべきでしょう。また、診療拒否の際には、他院への紹介状を交付するなど、患者の治療継続に配慮した対応をとることが望まれます。

患者家族に対する立入禁止措置は可能か?

施設管理権に基づく立入禁止

カスハラに及ぶ患者家族に対しては、応召義務の対象とはならないため、一般的なカスハラ対応と同様に、医療機関の施設内への立ち入りを禁止する対応を検討することになります。

医療機関には施設管理権があり、診療業務に支障が生じたり、職員に過度な精神的負担がかかっているような場合には、立入を禁止し、面会を制限することが可能です。上記の長崎地裁令和6年1月9日判決でも、患者Aの生前においては、家族Bに対して立入禁止措置を講じる必要性があったと認定されています。

なお、立入禁止に従わず患者家族が施設内に立ち入った場合は、まず退去をするよう警告し、それでも応じない場合には、不退去罪として警察に通報することになるでしょう。

直接面会に代わる手段の確保

もっとも、患者家族が患者と面会する機会を完全に奪うと、患者と面会する権利などを侵害されたとして、家族から損害賠償を請求されるおそれがあります。そのため、患者家族を立入禁止にする際には、直接の面会に代わる面会手段を確保すべきです。

例えば、ウェブ面談やテレビ通話を実施することで、患者と家族の関係維持に配慮しつつ、職員への悪影響を避けることができます。

カスハラ患者・家族に対する法的措置のポイント

カスハラを理由とした損害賠償請求はハードルが高い

 患者やその家族に対して、カスハラを理由とした賠償金の請求は、受忍限度を超える程度の違法性がなければ認められません。そのため、損害賠償が認められる場合は、カスハラの中でも、犯罪行為またはそれと同視できるような悪質なケースに限られると考えられます。

カスハラ患者に対する診療拒否は認められやすい傾向にある

患者に対する診療拒否は、緊急の診療の必要性がなく、信頼関係が喪失している場合には、応召義務に違反しません。裁判例においても、カスハラを理由とした診療拒否について、正当性を認めるものが多数あります。

カスハラに及ぶ患者家族に対しても立入り禁止措置は認められる

患者家族がカスハラに及び、診療に支障を来している場合には、医療機関は施設管理権に基づき、その家族の施設内への立ち入りを禁止することができます。もっとも、患者との面会の機会を確保するため、ウェブ面談やテレビ通話などの代替措置を講じるべきです。

被害が拡大する前に早期の対応を

カスハラ対応は、職員の被害を避けるための事前対応が鍵となります。

何もせずに放置した結果、職員がうつ病などの精神疾患を発症すると、医療機関に安全配慮義務があるとして、職員に対して賠償責任を負うリスクがあります。また、事後的にカスハラの加害者に賠償請求を行っても、認められるケースは限定的です。

患者やその家族の著しいカスハラにより信頼関係が破綻したといえる場合には、早期に診療拒否や立入禁止などの措置を検討すべきです。これは法的な判断となりますので、弁護士と相談のうえ、慎重に対応策を検討することをおすすめします。

弁護士:石原明洋

この記事を書いた人

弁護士:石原明洋

神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。

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