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医療機関のカスハラ対応マニュアルの記載例|弁護士がポイントを解説

2024.07.30

近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題となっていますが、医療業界も例外ではありません。しかし、多くの病院・クリニックではカスハラ対策マニュアルが整備されておらず、カスハラと思われる状況に直面した際の対応が場当たり的になっている可能性があります。

カスハラに対する対応を誤ると、事態が悪化し、対応したスタッフがメンタルヘルスに悪影響を受けたり、身体的な危害を加えられることも考えられます。したがって、どのスタッフでも適切に対処できるようにするためのマニュアルの整備が必要です。

令和42月には、厚生労働省から「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が公開されました。医療機関でも、このマニュアルを基にして、医療機関特有のクレームの内容を反映させた対策マニュアルを作成することが望ましいです。

今回は、医療機関のカスハラ対応マニュアルの参考例をご紹介します。

基本指針を定める

基本指針は、組織の方向性を示す重要なものです。カスハラ対策に真剣に取り組む姿勢を明確にすることで、職員に安心感を与えられます。

【記載例】

1 基本方針
当法人は、患者一人一人に真摯に向き合い、質の高い医療を提供して参りました。
一方で、患者やその関係者からの要求や言動の中には、職員の人格を否定する言動、暴力、セクシュアルハラスメント等の職員の尊厳を傷つけるものもあり、これらの行為は、職場環境の悪化を招く由々しき問題です。
私たちは、職員の人権を尊重するため、これらの要求や言動をされる患者に対しては、誠意をもって対応しつつも、毅然とした態度で臨みます。
もし、職員が患者からこれらの行為を受けた際は、上司、院長等に報告することを奨励しており、相談があった際は組織的に対応します。

マニュアルの用語の定義を記載する(クレームとカスハラの違いは?)

クレームは、サービス改善につながるものや、患者の状況からやむを得ないものもあり、すべてが悪いわけではありません。正当なクレームには、誠意をもって対応すべきでしょう。

一方で、要求内容が不合理であったり、クレームの態様が過剰である場合には、通常のクレームとは異なる対応が求められます。
そのため、スタッフがこれらの違いをしっかりと区別し判断できるように、カスハラなどの用語の意味を明確に定義しておきましょう。

【記載例】

2 用語の定義
 このマニュアルにおける用語の定義は、以下のとおりとする。
・患者等とは
患者、その親族を指す。
・相談対応者とは
クレームに関する相談の受付(一次対応)や、発生した事実の確認、対応方法の検討、関係部署への情報共有などを行う者である
・クレームとは
要求の背景に強い不満等が存する場合をいい、具体的には、苦情、批判、改善要求等を指す。
・カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という。)とは
患者等からのクレーム・言動のうち、①要求の内容が妥当性を欠くもの、ないし、②要求を実現するための手段・態様が一般常識に照らして不相当なものであって、労働者の職場環境が害されるものを指す。

クレーム対応の手順について

クレームに対して適切に対応できれば、患者やその家族の不満を解消し、円滑な問題解決につながります。

しかし、事実確認をせずに全面的に医療機関側の非を認めたり、相手の感情を無視して論破しようとすると、事態がさらに悪化する可能性があります。そのため、どのスタッフでも適切に対応できるよう、クレーム対応の手順を明確に定めておくことが重要です。

【記載例】

3 クレーム対応の基本的な対応手順

3-1 手順
①まずは不快な思いをさせたことに対して、謝罪する。
・相手の感情に対して共感を示す
・ただし、事実関係の調査・確認ができていない段階で、非を認めることは望ましくない。
②相手の話を遮らずに傾聴する。
・傾聴する際は、メモを取って記録化する。
・5W1Hを意識して、できる限り事実経過、要求内容を正確に把握する。
③院内で対応を協議する旨伝え、速やかに院長・相談対応者等に情報共有する。
④院長、相談対応者等により事実の確認、原因の究明、対応方法を協議する。
・これら内部手続きの手順は、後記5-4に従う。
⑤相談対応者は、患者等に事実関係、問題の原因、今後の対応方針などを説明する。
・医療事故の場合には、担当医師が事案に応じた適切な説明を行う。
・患者等と法的紛争に発展する可能性がある場合には、弁護士に相談する。


3-2 面談室
⑴ 患者等からのクレームの聴取は、面談室にて2人以上で実施する。
⑵ 面談室には、相談経過、患者等の態様を保全するために、防犯カメラ、録音装置を設置する(他の用途と併用可)。


3-3 クレーム対応からカスハラ対応への移行
職員が上記①~⑤の対応を実施中に、患者等からカスハラの可能性がある言動があった場合には、後記4のカスハラ対応方法を実行する。

カスハラ対応方法について

カスハラは、いつ発生するかわかりません。一般的なクレームがエスカレートしてカスハラになることもあれば、最初から理不尽な要求や危険な行動を伴うカスハラもあります。

スタッフがどのような状況でも適切に対応できるように、カスハラの類型ごとの対処法を事前にまとめて周知しておくことが重要です。


【記載例】

4 カスハラ対応方法

4-1 複数名による対応
カスハラに対しては、常に複数名で対応し、対応者を一人にはさせないことを徹底する。


4-2 カスハラ要求別の対応例

類型 具体例 対応例
①トップから言質を取ろうとする

「院長を出せ」

「理事長を出せ」
・組織のトップは対応しない
・相談対応者が対応することを伝える
②言質を強要する

「一筆書け」

「○日以内に対処すると書け」
・応じない。
・院内で協議のうえ、後日対応方針を示すと伝える
③対応を急かせる

「今すぐ対応しろ」

「今日中に調査して来い」

・無理な要求には応じない。
・他の患者対応もあることを理解してもらい、対応可能な期限を伝える
④不明確な要求をする 「誠意を見せろ」 ・誠意とは具体的に何か示させる
・決して医療機関側から対応を提示しない
⑤実現不可能な要求をする

「体を元に戻せ」

・対応困難なことを伝える
・書面での対応に切り替える

 

4-3 カスハラ行為別の対応例

類型 具体例 対応例
①長時間拘束型 長電話

一定時間が経ったら対応できないことを伝えて対応終了する。

居座り 現場に長時間居座る場合には、退去を求めた上で、警察に通報する(不退去罪の可能性)。
②リピート型 診療行為と無関係のクレームを繰り返し続ける

・次回は対応できない旨伝える。

・弁護士や警察に相談する(業務妨害罪の可能性)

③暴言型 怒鳴る、罵声を浴びせる、人格否定

・周囲の患者に迷惑になるので辞めるよう促す

・個室に移動させて対応する

・発言を録音する(名誉棄損、侮辱の可能性)

④暴力型 殴る、蹴る、物を投げる ・距離をとり、自身と他の患者の身の安全を第一に守る
・同僚、警備員の応援を求め、複数名で対応する
・録音・録画して証拠化する
・躊躇なく警察に通報する(暴行罪、傷害罪)
⑤威迫脅迫型 殺すと発言、反社との関わりを示す ・発言を録音・録画し証拠化する
・警察に通報、弁護士に相談する(脅迫罪、恐喝罪、威力業務妨害罪の可能性)
⑥権威型 特別扱いを求める
土下座を強要する
・不用意な発言はせず、対応を上司と交代する
・毅然とした対応をし、不当な要求には応じない
⑦院外拘束型 職員を自宅に呼びつける ・基本的には訪問しない
・面会するとしても、公共性の高い場所で実施
・訪問せざるを得ない場合は、必ず複数名で対応。状況次第で、事前に警察や弁護士に相談
⑧セクハラ型 職員の身体に触る
性的発言をする
・録画、録音をして証拠を残しておく
・執拗なつきまとい、待ち伏せがあれば、警察や弁護士に相談(迷惑防止条例違反、ストーカー防止法違反の可能性)
⑨ネットによる誹謗中傷型 口コミサイトに虚偽の投稿がされた ・投稿サイトの削除申請フォームから削除要請
・弁護士に相談して削除請求(名誉棄損の可能性)

 

4-4 診療拒否
⑴ 患者に対して診療拒否を行おうとする場合は、医師法第19条第1項の「応招義務」に配慮し、「正当な事由」があるか否かを慎重に判断しなければならない。
⑵ カスハラの態様に照らして医療者と患者との間の信頼関係が失われた場合に、患者の病状に緊急性がないと判断できるときは、診療拒否も可能とする。

組織体制の明確化

クレームやカスハラに対して組織的に対応することで、現場の対応者の安全を確保し、精神的負担を軽減することができます。また、事案に対しても効果的な解決が期待できます。

クレームやカスハラが発生した際に迅速に対応できるよう、各職員の役割分担や相談先、対応方法の検討手順などをマニュアルに定めておきましょう。


【記載例】

5 組織の相談体制
5-1 組織的対応
クレーム対応は、決して担当者任せにすることなく、当院全体の問題として組織的に対応することとし、担当者の心の健康にも配慮しなければならない。


5-2 相談窓口
クレーム、カスハラを受けた職員の相談先は、基本的に相談対応者とする。


5-3 相談対応者の選任
職員からクレーム、カスハラに関する相談を受ける対応者は、【役職A】、【役職B】、【役職C】、【医療メディエーターD】とする。


5-4 相談対応者の相談対応の手順
⑴ 相談対応者は、以下の手順で相談対応を実施する。
①相談者からヒアリングを行い、事実関係を整理し、患者等の要望を把握する。
②対応者が証拠(カルテ、看護日誌、写真、録音・録画データ等)を保有していれば、開示を受ける
③患者等の要求内容の妥当性、要求の手段・態様の相当性を検討し、カスハラか否かを判断する。
④カスハラと判断した場合は、前記4に示した各カスハラの対応方法に従って対処する。カスハラでないと判断した場合は、クレーム対応の基本手順に従う。
⑵ カスハラの判断に迷ったときは、弁護士に相談する。


5-5 相談対応者の留意事項
相談対応者は、次の事項に留意して、対応者から相談を受ける
・相談者の心身の状況に配慮し、意向に沿いながら丁寧かつ慎重に事実確認をする。
・相談者には、プライバシーを保護し、不利益取扱いをしない旨予め伝える。
・相談者にメンタルヘルス不調の兆候がある場合、産業医は産業カウンセラー、臨床心理士等の専門家に相談対応を依頼し、アフターケアを行う。
・職員が患者等からセクハラを受けた際は、同性の相談対応者が対応する。


5-6 緊急時の職員への配慮
患者等からの暴力、セクハラを確認した場合、相談対応者または現場監督者が患者等の対応を代わり、患者等から職員を引き離す。また、状況に応じて弁護士ないし警察と連絡を取りながら、対応者の安全状況を確保する。


5-7 外部協力者
クレーム対応の外部協力者として、次の者に協力を依頼する。
① ○○警察署 電話番号
② 〇〇法律事務所 弁護士〇〇 電話番号

クレームの予防策、再発防止策など

クレームやカスハラは無いに越したことはありません。

マニュアルでは、クレームを未然に防ぐための対策や、職員のクレーム・カスハラ対応力を向上させる施策を明確にしておきましょう。


【記載例】

6 クレーム予防策
6-1 インフォームドコンセント
医療者は、十分なインフォームドコンセントを実施し、患者等との信頼関係を構築し、認識の食い違いが生じないように努める。


6-2 ポスターの掲示
患者等の理解を得るために、「ハラスメントは絶対許しません」等のポスターを、待合室に掲示する。


6-3 ホームページ上の掲示
カスタマーハラスメントに対しては、○○警察署または弁護士に相談することを予め当院のホームページ上で警告する。

7 研修
全職員が患者等からのクレーム、カスハラに適切に対応できるよう、定期的に全職員を対象としたクレーム対応研修を実施する(カスハラの判断基準、クレーム対応の基本的な手順、患者等への接し方のポイント、ケーススタディなどの内容を盛り込むこととする。)。

8 再発防止策
発生したクレーム、カスハラ事案を検証し、新たな防止策を検討し、定期的にクレーム・カスハラ対応マニュアル、研修などの見直し・改善を実施する。

その他の記載事項

今回は、クレーム・カスハラ対応マニュアルの記載例をご紹介しました。

医療機関ごとにクレーム内容や対応方法は異なるため、自院の状況に合わせてマニュアルの内容を検討してください。また、暴力事案や退院要請などのケース別対応マニュアルを作成したり、対応手順のフロー図や書式集をマニュアルに含めると、さらに効果的に活用できます。

当事務所では、病院やクリニック向けに数多くのクレーム・カスハラ対応研修を実施しており、顧問先のマニュアル作成や改定も担当しています。

クレーム・カスハラマニュアルの作成や研修実施を検討されている方は、ぜひ当事務所にお問い合わせください。

 

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