【令和6年度診療報酬改定】医療機関が知っておくべき賃上げに関する法律問題を弁護士が解説

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医療機関における賃上げに関する政府の対応

デフレ脱却に向けて政府全体で賃上げが進められている中、令和5年の春闘の結果によると、全産業の平均賃上率は3.58%であったのに対し、医療分野の賃上げ率は1.9%にとどまり、一般企業に及びませんでした。

その結果、高齢化による医療従事者の需要増加にもかかわらず他産業に人材が流出し、医療分野における有効求人倍率は全職種平均の2~3倍程度の水準に高止まりして、人材確保が困難になっています。

患者が安心して医療を受けられるために医療人材の確保は重要であり、そのために医療従事者の賃金改善は欠かせません

とはいえ、公定価格である診療報酬により経営する医療機関においては、人件費増加分を治療費に価格転嫁できないため、経営努力だけで賃上げを実現させることは困難です。

そこで、令和6年度の診療報酬改定により、医療従事者の賃上げに向けた診療報酬が創設されることになりました。

今回は、賃上げに関する診療報酬改定の内容と賃上げに伴う注意点を解説したいと思います。

賃上げに向けた診療報酬改定(令和6年)

令和6年度診療報酬改定では、賃上げの実現に向けて、①「ベースアップ評価料」の新設、②初再診料・入院基本料等の引き上げがなされました。

ベースアップ評価料とは

ベースアップ評価料は、賃上げの対象職員のベースアップに充てることを条件に算定できる診療報酬です。

この対象職員は、人手不足が顕著な看護職員(看護師、准看護師、保健師、助産師)や

病院薬剤師、給与平均が全産業平均を下回っているコメディカル(看護補助者、理学療法士、作業療法士等)に限定されていて、

医師、歯科医師、薬局薬剤師、事務職員、歯科技工士等は対象外とされています。

ベースアップ評価料を算定しているからといって、医師等を含めた全職員の賃上げが必須というわけではありません。

このベースアップ評価料による収益は、基本給、毎月支払われる手当や、これらに連動して引き上げられる賞与、時間外手当、法定福利費(事業主負担分を含む)の増加分に用いなければなりません。

法定福利費とは、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、労災保険料、退職手当共済制度等における掛金などを指します。

ベースアップ評価料の算定開始月は、令和6年6月からですが、4月、5月の賃上げにも充当可能とされています。

算定方法

診療所、病院とも、所定の要件を満たせば、①外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)(初診時6点、再診時2点等)を1日につき1回算定できます。

もっとも、無床診療所において、①を算定しても賃金増加率が1.2%未満である場合には、さらに②外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅱ)を上乗せできます。

これは、点数が8段階に区分されており、賃金増加率の未達の程度やベースアップ評価料の算定回数の見込みなどに応じて区分が決まります。

また、有床診療所・病院では、①を算定しても賃金増率が2.3%未満である場合には、③入院ベースアップ評価料を上乗せできます。

これは点数が165段階に区分されており、これも未達の程度や延べ入院患者数などに応じて区分が決まります。

ベースアップ評価料による賃上げの流れ

ベースアップ評価料を算定する場合の流れは、次のようになります。

  • 対象職員のリストアップ
  • 厚生労働省が公表しているベースアップ評価料計算支援ツールにより算定可能なベースアップ評価料を確認
  • 賃金改善計画書の作成
  • 計画に基づく労使交渉等
  • 就業規則の給与規定・賃金表の改定
  • 地方厚生局に賃金計画書・施設基準届等の提出
  • 以後定期的に地方厚生局に賃金改善報告書・区分変更届を提出

ベースアップ評価料の注意点

ベースアップ評価料を算定する場合には、当然ですが施設基準と算定要件を満たしておかなければなりません。

従前の看護処遇改善加算、介護職員処遇改善加算では、要件不備のために多額の自主返還を求められた例もあるようです。

厚生労働省の資料や疑義解釈を、よく確認しておきましょう。

【参考資料】

厚生労働省「令和6年度診療報酬改定の概要【賃上げ・基本料等の引き上げ】

疑義解釈1(令和6年3月28日付事務連絡)

疑義解釈2(令和6年4月12日付事務連絡)

これらを踏まえると、以下の行為は不適切ですので、注意してください。

  • ベースアップ評価料の収益を、職員の処遇改善以外に用いる
  • 基本給を上げる代わりに、他の手当て(業績等に応じて変動するものを除く)を引き下げる
  • 常勤換算2人以上の対象職員がいないにもかかわらず、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅱ)、入院ベースアップ評価料を算定する(ただし、医療資源が少ない地域に所在する医療機関では当該要件は満たすものとする)
  • 賃金改善計画書を、職員に周知していない
  • 賃金改善報告書に虚偽の内容を記載する

また、ベースアップ評価料は、算定できる点数が高いほど、賃上げに充てられる原資が充実しますが、他方で患者の自己負担額も大きくなる点にも注意してください。

初再診料等・入院基本料等の引き上げ

職員の賃上げを実現に向け、初再診料・入院基本料等についても引き上げがされています。引上げ分は、上記の対象職員のほか、

40歳未満の医師、勤務歯科医、事務職員等の賃上げに充てられることが想定されています。

  • 初診料 288点→291点
  • 再診料 73点→75点
  • 急性期一般入院料Ⅰ 1650点→1688点
  • 7対1入院基本料(一般病棟の場合) 1,718点→1,822点 など

賃上げ促進税制

賃上げ促進税制とは、当期の全雇用者の給与等支給額の前年比の増加率に応じて、給与等支給額の増加額の15%~45%の税額控除を受けられる制度です。

例えば、中小規模の医療機関で、全雇用者の給与等支給額の前年比が1.5%増となれば、給与等支給額の増加分の15%を税額控除できます。

従前、看護職員処遇改善評価料は、賃上げ促進税制の対象となる給与等支給額等から除外されていましたが、

令和6年以降、看護職員処遇改善評価料、新設されたベースアップ評価料とも、当該税制の対象となる給与等支給額に含めることが可能となりました。

なお、賃上げ促進税制の適用に向けて全雇用者の賃上げをするのであれば、充当先が対象職員に限定されるベースアップ評価料だけではなく、他の収益からも原資を確保する必要があります。

政府目標

ベースアップ評価料は、対象職員の給与総額の2.3%相当になるように設定されています。

例えば、令和5年度の対象職員の給与総額が1億円であった場合には、令和6年、令和7年の2年間で460万円分の報酬を得ることができ、これを対象職員の賃上げに充当します。

政府は、ベースアップ評価料や、賃上げ促進税制を活用するなどして、対象職員について、令和6年度には2.5%、令和7年度には2.0%の賃上げの実現を求めています(令和7年度に賃上げを繰り越すことは可能です)。

賃上げに伴う問題

上記の賃上げの動きにあたって、十分に制度理解をしていないと様々なトラブルに発展してしまうリスクもあります。

賃上げに伴って発生する可能性のある問題や注意事項は以下の通りです。

①一度賃上げすると下げられない

賃金を一度上げると、それを下げるのは非常に困難です。

就業規則を変更して基本給等を引き下げることは、労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です(労働契約法9条)。

例外的に、就業規則の変更が合理的であり、かつ、変更後の就労規則を労働者に周知させる場合には、労働者の同意がなくとも不利益変更が許容されます(労働契約法10条)。

しかし、職員の生活に直結する基本給の引き下げが合理的とされる場合は、経営上高度な必要性が認められるような場面に限られます。

多くの医療機関でベースアップ評価料が算定されると見込まれますが、賃上げの対象は全職員とはされていません。

対象職員以外の賃上げも実施する場合には、自院の経営状況を踏まえた慎重な検討が求められます。

②就業規則の変更手続き

賃上げを実施する際には、就業規則の賃金規程の改定が必要になります。この場合、次の手続きを履践してください。

①事業場ごとに、労働者の過半数から構成される労働組合(当該組合がない場合は、労働者の過半数から選出された代表者)から意見を聴取する

②意見書を添付して、就業規則変更届を所轄の労働基準監督署長に届け出る

③変更後の就業規則を職員に周知する

就業規則の変更の効力が発生するのは、変更後の就業規則の周知日です。

職員に書面で交付する、掲示板に常時掲示する、出入りが自由な更衣室・休憩室などに備え付ける、データ化して院内のパソコンで閲覧できる状態にするなどして、必ず周知しましょう。

賃上げに伴う法的問題の対処方法を知りたい方は専門家に相談

ベースアップ評価料の創設により、各医療機関で賃上げ対策が講じられていますが、制度の変更に伴い法的トラブルが発生することも予想されます。

当事務所では、賃上げ伴う法律相談や、ベースアップ評価料に関する個別指導・監査の弁護士の帯同もお受けしておりますので、お困りの際はお気軽にお問い合わせください。

弁護士:石原明洋

この記事を書いた人

弁護士:石原明洋

神戸大学法科大学院卒。
病院法務に特化した外山法律事務所に所属して以来、医療過誤、労働紛争、未収金回収、口コミ削除、厚生局対応、M&A、倒産、相続問題など幅広い案件を担当。医療系資格を持つ弁護士として、医療機関向の法的支援と情報発信に尽力している。

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